【春ららら市】体験ブースで金澤町屋研究会の方のお話を伺いました。

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こんにちは

石川のキラリと光る食をお届けする coco彩果(ココサイカ)の店長、箕田です(^^)

4月の金沢は、ようやく冬の重い雲が去り、しいの木迎賓館の芝生に吹く風もどこか誇らしげに感じられる季節になりました。春の訪れとともに開催される「春ららら市」へ、家族で行ってきました。

たくさんのクラフト作品や伝統工芸、そして金沢を代表する美味しい食が集まる中、今回は金沢の町屋の保存や研究をされているNPO団体「金澤町屋研究会」のみなさんのブースのぬりえに子どもたちが惹かれたみたい。

春ららら市と町屋づくりの体験

「春ららら市」は、金沢の「いいもの」がギュッと凝縮されたようなイベントです。

Captcha Challenge - STORES

さまざまな体験ブースがある中で、長男が興味を持ったのが「ぬりえ」と「ペーパークラフトの町屋づくり」でした。塗り絵が大好きな長男が、時間をかけてじっくりと色を選び、丁寧に塗っているあいだ、私はブースにいらしたスタッフのみなさんからお話を伺うことができました。

今回、ブースにおられたのは3名の方々でした。お話を伺うと、3名とも建築デザインを学んでこられた方で、中には大学の教授もいらっしゃいました。みなさんボランティアで、この町屋を守る活動をされているそうです。

金澤町屋研究会の活動については、こちらのホームページで詳しく紹介されています。

かなざわ町家
(http://www.kanazawa-machiya.net/)

### 失われゆく金沢の風景

お話を伺って驚いたのは、金沢に残る町屋の現状でした。現在、金沢市内には約5,500軒の町屋があるそうですが、残念ながら毎年100軒ずつ減っているのだそうです。

ブースには、野町から寺町あたりにかけての地図が掲示されていました。その地図には番号が振られたシールが貼ってあり、それぞれの場所にある町屋の写真を確認できるようになっていました。私の自宅からも近いエリアということもあり、「あ、ここ見たことあるな」という見覚えのある町屋もいくつか見受けられました。

普段、何気なく通り過ぎている景色の中に、これほど多くの歴史が詰まっているのだと改めて気づかされました。

### 武士の家と町人の家の違い

町屋の造りについても、面白いお話を伺いました。町屋の入り口には大きく分けて2つの形式があるそうです。

せっかくなので息子が作ったペーパークラフトでご紹介😄 奥が土間になっていてこの形は「平入り(ひらいり)」のようです。

そういえばcoco彩果で取り扱いさせて頂いている今川酢造さんの建物

町屋でした!イベントブースの地図にも載っていました♪

多くの町屋は、屋根の平らな面(平)が通りに面している「平入り(ひらいり)」という造りですが、中には入り口の見た目が三角形(屋根の断面側)になっているものがあります。

これを「妻入り(つまいり)」と呼ぶそうです。もともとこの「妻入り」は、武家の家の特徴なのだと教えていただきました。地面と平行な屋根の入り口が一般的な中で、この三角形の入り口を見つけたら、そこはかつて武士の住まいだったのかもしれないと想像が膨らみます。

昭和25年という大きな節目

そもそも「町屋」とは何を指すのか。その定義についても伺いました。一般的に金沢で「町屋」と呼ぶのは、昭和25年(1950年)以前に建てられたものを指すそうです。

なぜ昭和25年なのかというと、この年に「建築基準法」が制定されたからです。

昭和24年にそれまでの法体系が大きく変わり、昭和25年に現在の建築基準法が施行されました。この法律が変わったことで、昔ながらの伝統的な工法で作られた町屋と、現代の住宅は構造的な基準が全く異なるものになりました。

つまり、今、当時と同じ材料と工法で町屋を新しく作ろうとしても、法律の制限があって不可能に近いのだそうです。建築を学ぶ方々が町屋に強く惹かれるのは、今の時代にはもう再現できない、唯一無二の技術や美しさが詰まっているからなのだと感じました。

町屋好きの「萌えポイント」

お話の中で特に印象的だったのが、町屋好きの方々が注目する「さんかくの跡」のお話です。

本来、町屋は隣の家と壁がぴったりと続いて建っていました。しかし、時代の流れとともに少しずつ建物が取り壊され、空き地や更地になる場所が出てきます。

そうして建物がなくなった隣の家の外壁をよく見ると、そこにかつて隣接していた家の屋根の形が「さんかくの跡」として残っていることがあるのです。「あそこは、かつてあの形に繋がっていたんだな」と、かつての街並みの繋がりを想像するのが、町屋好きのみなさんの「萌えポイント」なのだと楽しそうに話してくださいました。

また、スタッフの一人である千葉県ご出身のお兄さんは、「千葉にはこうした町屋があまり残っていないので、金沢の街にこれほど多くの町屋が残っていることは本当に魅力的です」と、外からの視点で金沢の価値を語ってくれました。

職人を育てる「職人大学校」

金沢市民芸術村の敷地内にある「金沢職人大学校」についても教えていただきました。私も芸術村へ行くと、確かにその看板は目にしていたのですが、これまでは「何をしているところなのだろう」と通り過ぎるだけでした。

この施設は、前々市長である山出保さんの時代に設立されたそうです。それまでは、親方が弟子を取って現場で仕事を教えながら技術を繋いできましたが、後継者不足などでその形が難しくなってきました。

そこで、親方クラスの熟練した技術を持つ方々を講師に迎え、その高度な技術を次世代へ直接伝えていく場所として作られたのが、この「職人大学校」なのだそうです。こうした職人を育成するための公的な施設は、全国でも金沢にしかないと伺い、金沢という街がどれほど「つくる手」を大切にしてきたかを実感しました。

金沢職人大学校については、こちらのサイトに詳細があります。

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(https://www.kanazawa-it.ac.jp/shokunin/)

現代の暮らしに溶け込む町屋

管理が難しくなり、更地にして手放す方や、売りに出される町屋も少なくありません。

私は勝手なイメージで、売りに出された町屋の多くは宿泊施設やレストランなどのお商売に使われるものだと思っていました。しかし実際には、リノベーションをして「住居」として実際に住まわれる方の方が多いのだそうです。

研究会が出版された事例集も見せていただきました。そこには約100件ほどの事例が丁寧に紹介されており、持ち主の方の想いや、リノベーションに関わった職人さんのお話、さらには構造的な技術の話まで詳しく記されていました。

町屋の多くはまだ電気が通っていない時代に建てられたものです。そのため、リノベーションの際に現代のおしゃれな照明を取り付けることで、その家の個性や住む人のセンスが表現されるのが、見ていてとても面白いと感じました。古いものと新しいものが調和する姿は、とても豊かな暮らしの形に見えます。

父と町屋に思いを馳せて

昭和25年。この年は、私の父が生まれた年でもあります。

「もう父もおじいちゃんだな」なんて思っていましたが、まさか父が、世の中で「歴史的に残したい」「貴重な財産だ」と思われている町屋と同じ年月を歩んできたのだと思うと、急に父の存在が尊いもののように感じられました。

町屋と同じように、父のことももっと大事にしなくてはな……と思ったり、やっぱり普段通りでいいかなと思ったり。金沢の歴史と家族の歴史がふと重なった、そんな一日でした。

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